2017年07月14日

■木工旋盤で木地を挽いています。

あつい…(;´Д`)
明日から恐怖の三連休ですね。(汗
以前なら喜んで仕事をしていたんですが、いまは子供がいるので、何かしなくてはイケマセン。
…が、何するかぜんぜん決めてません(キッパリ)
あんまりお金がかからないところへいこうと思います。


さて、松本は連日、木工場で木地を挽いていますよ。


↓あつい〜〜。西日当たりまくりなんです。(冬場はいいんですが〜)
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快調に挽いてます♪♪

この日は、クス材を挽いていたらしく、すごい芳香が木工場に充満していましたよ。
(・Д・)


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荒挽き、中荒挽きなどですね。
仕上げに挽くのはもう少し先になります。

そしてこんなのも…。


↓これは…?
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娘のカブトムシのゼリー入れですよー。
ホラ!市販のカブトムシゼリーがぴったり入ります!!!
細い丸太に穴をあけた商品を、ダイソーで見たので、もっと凝ったのをつくってみたらしいです。
(カブトムシさんには、あまり有り難さが分からんでしょうが;;)



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さて、今日のおまけ写真は…

夕暮れ時、わたしの車に、足跡つけまくってくつろぐうり坊です。


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2017年07月12日

■2017年の漆掻き(5辺目)

梅雨の合間の晴れ間です☆

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葉緑素充満で、イキイキとしたウルシの木…。
人間に例えると、壮年期でしょうか?バリバリと仕事をする時期でもあります。


昨日、7月11日に、松本が漆掻きをしましたので、その様子です。
梅雨はどうしても、間があいてしまいますね…。

※1辺目 2017年6月15日
※2辺目 2017年6月19日
※3辺目 2017年6月23日
※4辺目 2017年7月3日


↓ばっちりと5本の傷が並び、漆掻きの木らしくなりました!
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↓漆掻きをしたあとは、ウルシの木の根本にこんな皮がちらばります☆
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「傷を入れる」と簡単に書いていますが…。
U字型に曲げた刃物で木の幹に食い込ませ、線状に削り取って溝をつくる作業なんですよ。

工房に庭のウルシの木2本相手の小さな作業ですが…
だんだん本格的になってきましたので、そのうち動画をとれたらなーとおもいます。(^^)


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さて、今日のおまけ写真は…
娘につかまったカミキリムシさんです。(もう逃がしました;;)

夏になり、興味の対象がダンゴムシやテントウムシから、セミや大型甲虫にうつっておるのです。(;´Д`)


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2017年07月11日

■チケットプレゼント・URUSHIふしぎ物語−人と漆の12000年史− 

蒸し暑くて、空調無しだと室内が漆室と同レベルの温度湿度になっています。
(;´Д`)
勝手に漆が乾きそうです。涙

さてさて、お知らせです。
本日から、千葉県にある国立歴史民俗博物館さんで、漆の企画展が始まりました。

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URUSHIふしぎ物語−人と漆の12000年史−
7月11日(火)〜9月3日(日)


縄文時代からの歴史を持つ、漆。
その人と漆の12000年(!)にもおよぶ、長い文化の痕跡をたどります。
ウルシの木ってどんな木?からはじまり、漆掻きと漆の技術の発展、暮らしに使われた様子、漆芸を通した文化交流…などなど。重要文化財、国宝もふくめ、660点もの資料が贅沢に並びます。
(漆掻きについて、深く触れているのがミソです←めずらしい!)
博物館さんの意欲を感じる、私たちにとっても大注目のコンテンツとなっています。

講演会等も注目ですよ!!

【講演会】
7月28日 13時〜 「漆掻きの技術と文化」 工藤雄一郎氏
8月12日 13時〜 「世界史の中の漆文化」 日高薫氏

【くらしの植物苑観察会】
7月22日 13時30分〜 「縄文時代のウルシと漆」 工藤雄一郎氏

【関連展示】
楽器と漆 7月11日〜9月3日




ペア3組の方に、招待券をプレゼントいたします。
こちらのお問合せフォームから、招待券希望の旨と、ご住所と氏名をお書きいただいて、お申し込み下さい。
先着順で受け付けます。

お気軽にどうぞ! (*´∀`*)ノ

チケットプレゼント終了しました。ありがとうございます。


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さて、今日のおまけ写真は… ダラ寝のむぎ君です。
きょうもグダっとしています。

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2017年07月10日

■赤い格子模様のtea bowlをアップしました。

先日は、園のイベントでおまつりでした…。
娘に浴衣を着せようか、悩みましたが、結局ワンピースになりました。(暑いし;;)
梅雨が明けたら、ほんとうに夏本番ですね!

おまつりには松本も来ましたが、娘は両親そっちのけで、お友だちとグループになり四方八方遊びまくって、まったく手に負えません。(;´Д`)
夕方スタートだったんですが、かき氷、たこ焼き、わたあめと、ひととおり屋台メニューを制覇し、ジュースも飲み、帰りは「おなかが痛い」と騒いでいました。
わたしは役員の模擬店でいたんですが、子供たちが心置きなく、夜にお友だちと遊べる行事はほんとうにありがたいなあ〜と思いました。


さて、そんな今日はこれをご紹介したいなと思います。
国産漆のうつわ専門店 和×和 にお椀をアップしました。(^^)


↓かわいい!!赤いtea bowlです。
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複雑なチェック模様が思わず目を引きます☆

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径 13cm、高さ8cmの大きめのお椀です。
スッポリと手に収まる感じがやさしく、温かみがありますよ〜。


↓こちら、自然光で撮影。
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こちらのほうが色味が近いかもしれません。
(撮影が難しい…;;)
もう10年ほど前の作なので、使っている漆はわかりませんが、時期的に岩手県産漆と思います。
紅色に近い華やかな朱で、全体的にやや紫味が強い色合いです。
上塗りから時間が経っていますので、漆の色がよく透けて、透明感がありますね。

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径が大きくゆったりとした器形で、高台が小さいのですが、重心が下にしっかりくるようにバランスをとって木地を作っていますので、案外安定感があります。

容量は500ccほどあり、たっぷり入るので便利ですよ〜!
和にも洋にもよく合いそうな可愛らしいお椀です♪♪



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さて、今日のおまけ写真は…

漆掻き中のウルシの木にある、キジバトさんの巣…。
中にヒナちゃんがいるようです。

2017年07月07日

■漆のちぢみ写真をめぐる攻防。

七夕ですが、梅雨なのでまったくお空が見えません。

さてさて数ヶ月前の話なので、そろそろ愚痴ってもいいかなあ…とおもいます。
ちょっとほろ苦い?体験をしました…


ある夕方のことです。一本の電話が鳴りました。
何気に取ると… あるテレビ番組制作会社さんでした。
○日放送さんのとある番組(しかもゴールデンタイム放送)で、漆芸の特集をするというではあ〜りませんか。
ハテ?(´・ω・`) 
そんな番組様が、ナゼうちのような弱小オタク工房に…???
国産漆のオハナシも企画にはいっているんかな?

…というギモンがすぐ湧きましたが、新人さんらしい、若手男性スタッフさんの、ぼそぼそした、やや要領の得ない話を聞いていくうちにだんだん謎がはっきりしてきました。

漆の作業の失敗?ともいうべき、漆のちぢみ写真を番組提供してくれというのです。
ほげげッ!(;´゚д゚`) ちぢみ??…の写真だけですか?
(国産漆のことじゃなくて??)

オオオオオオオ??

※漆のちぢみについて

「エット;;;番組で協力してもらった、漆工房さんにお願いするというのは…?」
「イヤだめなんです(キッパリ)失敗したものは紹介したくないって、おっしゃるんです…」
        (;´Д`)なにそれ〜〜 もっと頑張れよ〜

悩み抜いた新人さん(たぶん)は、ネット検索で頑張り、うちで10年前でブログで紹介した、漆ちぢみ写真を見つけて、狂喜したらしいのです。
「これ貸して下さい!!番組でなまえ出ますんで!!」

   えーーーっなんか出たくないよう…

…どうやら、「漆の作業は手間ひまかかり、技術が難しい。しかも、無理すると塗膜に“ちぢみ”の現象が起こってしまう」という方向で、解説を加えたいという意向で上司の指示なんだそうです。

でも、ひととおり情報提供した上で、なおかつこうした写真も…
というのはわかるんですけど、穴埋め的にはちょっと引っかかるものがあり;;
ところで、番組はいつ放送なのかとわたしが聞くと、素人でもエッと思うような近い日をしめし、

「ホントせっぱつまっているんです。どうにかしてくださいよ」
「どっこでも断られて(←やっぱりなあ)、オレもうやんなってます」
みたいなことを、延々と言われ、すこし同情心… しかし、やっぱり腑に落ちないわあ。
そして、ハッと気づくと、刻々と近付く娘のお迎え時間!!!

じかんがない!!

言われた10年前のちぢみの写真は、もう元データは残ってない。漆のちぢみなんて、普通のことでどこの漆工房さんでもどこかにある。やっぱり主体で協力してもらった工房さんに、もう一度お願いするのが筋だと思うし、この場では即答出来ない、松本にも相談しなきゃ…、と言うと

「あんたに、オレの気持がわかるかあ!」

…とブチッと電話が切れ;;

その後がたいへん気になっています。
(テレビ番組は見ませんでしたが…)

話の持って行き方次第では、いいかなあと思っていたんですが
(´・ω・`)ごめんなさい。
ぶじちぢみ写真が見つかったことを祈ります。

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さて、今日のおまけ写真は…
梅雨のミルミルです。

自宅点滴の影響… 
アルコール消毒を毎回するので、毛が脱色してちょっと茶色い猫になってます。(汗


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2017年07月04日

■2017年の漆掻き(4辺目)

むしあつい… 
台風はあっという間に去って行きました。

さてさて…
昨日、7月3日に、松本が漆掻きをしましたので、その様子です。
梅雨でかなり間が空いてしまいました。
(・∀・|||)

※1辺目 2017年6月15日
※2辺目 2017年6月19日
※3辺目 2017年6月23日


↓松本が4辺目下書きをチョークでつけていますね〜〜。
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今回からはそろそろ器に入れてみます☆


あっ、もうしているし!!!(;´Д`)
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なんとか写真が撮れましたが…

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足元には、うり坊がころがってジャマをします。(;-_-) あっちいけ〜!


↓ジュワッと樹液がにじみ出ます。
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足が早そうですがなかなかいい色の漆ですよ〜。
このあと、わりとすぐに台風がきたので、また雨になってしまい、漆掻きはしばらく間が空くと思います。

梅雨の間はしかたないか〜〜。


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さて、今日のおまけ写真は…
最近出番の少ない?むぎ君です。

だらけすぎ… ぜんぜん写真映えしません。

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2017年07月03日

■小西百々代さんについて。(1945年7月4日高松空襲)

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戦争を知らない世代へ7 香川編たかまつ7月4日
創価学会青年部反戦出版委員会・編/第三文明社


(創価学会さんの出版なんですね。たしか、公明党さんも画廊に多数出入りされていたなあ…)


太平洋戦争といえば、忙しい生活を送っている私たちにとっては前世のような遠い話…。
正直、忘れていると言っても過言でないと思います。

8月の原爆投下記念日、15日の終戦記念日の報道を聞き、「ああ70数年前に、戦争が終わったんだなあ」と思うくらいでしょうか。あとはお盆休みの残りが気になるくらいだったりしますね、正直…。
しかし、終戦前の6〜7月は、東京大空襲に引き続き、大阪、神戸などの都会だけでなく、岡山、熊本、呉、下関、姫路、高松、徳島、高知、千葉、明石、和歌山、松山…と地方都市の空襲が続きました。
皆さんがお住まいの地区でも、あったかもしれません。

高松空襲は、1945年7月4日でした。
ちょうど田植えが終わったころで、田んぼには薄く水が張り、初々しい稲が立っていましたが、そんな平和な田畑にも焼夷弾がたくさん突き刺さりました。梅雨の合間の晴れた夜の事です。

手記によって、記録がさまざまなので、ここは総務省のデータを参考にしますね。


7月3日午後11時ごろ、空襲警報
   ↓
翌7月4日午前2時56分、高松中心部をメインに、B29・116機の襲撃。
まず照明弾が投下され、高性能爆弾24t、焼夷弾809tが投下される。
人々の退路を断ち、106分絨毯爆撃。
死者数1359人、負傷者数1034人、行方不明者数186人
最も死者が多かったのは、高松市中新町ロータリー付近と、栗林公園北の稲荷神社付近



空襲の数日前に、米軍のビラが撒かれ、「7月3〜4日に高松を空襲する」と予告があったとか。
すでに6月28日、対岸の岡山が焼かれており、高松中心部に住む人々は、家族や財産を郊外へ疎開させようとします。が、今の感覚では信じがたい事ですが、地区の責任者は「非国民、家にとどまり、空襲の際は町を守れ」と叱責。住民は疎開はできず、被害は小さくできませんでした。

当時、13才の小西さんは高松市丸亀町在住。(まさに中心部)
小西さんはひとりで爆弾と死体を避けながら逃げ、高松工芸高校(←わたしの出身校)にたどり着き、そこで集中的に空爆を受けたそうです。

大勢の知らない人と一緒に「あつい、息が出来ない」と、必死で耐えた。隣にいた知らないおばさんが覆いかぶさってくれて、運良く助かった。
そのおばさんは、頭を割られて死んでおり、脳漿が飛び散りわたしの体は濡れていた。
そうして、どこをどう歩いたか、まったく記憶がなく、自分で知らないうちに、とんでもなく遠い所へ行っていた。その後、家族に無事会うことができたのよ。

…小西さんから聞いたのは、そのような情景でした。

借りてきた手記で、あらためてその情景に、違う登場者がいることに気づきました。
クロという小西さんの愛犬で、戦時供出をまぬがれ(毛皮にならずにすんだ)、彼女はクロと一緒に逃げていたのでした。小西さん、自分より、かよわいものを守っていたんですね。

そしてわたしがやはりすごいと思うのは…
空襲直後の焦土の中、死んだものへの哀悼を彼女が持っていたことでした。
頭の割れたおばさんの顔を、そっとかぼちゃの葉で隠して別れを告げ、路上の瀕死の馬を見つけて「ごめんなさい、あなたはもう死ぬのよ」とその目を閉じてやる…。
誰も皆、我が身のことで必死の時、13才の彼女はそうしていたのでした。



ほんとうに、厳しい強い父性と深い母性、両方兼ね備えた人物ででしたよ。


思い切り悪い、しかしいろいろ変えたい… 
そんな優柔不断な?香川県民のお尻をたたき、アイデアを与え、相談に乗り… 皆、エネルギッシュで人脈の広いもんちゃんを頼りにしていました。

小西百々代さんが、画廊を閉じてもう10年経ち、その間にも香川県のアートは大きく進化しました。
そして、以前はネットでも検索すると、彼女のインタビュー記事や関連情報がいろいろ出ていたのですが、今はめっきりなくなり、あんなに香川県の立役者であったのに…
ああ、現役を退くとはこういうことなのか…と寂しくなりました。


残念ながら小西さんの写真が手元に一枚もなく;;
今さらしまった!と思うのですが、
当時は、カメラを向けるなんてとても恐れ多い…と思っていたのでした。無邪気に一緒に写真を撮っている、年下の作家さんがうらやましいな〜と思っていました。
今は、言葉が厳しくても、たいへん愛情の深い人だったと本当にわかるので、飛び込んでいけば良かったなあ…。

香川県高松市丸亀町商店街にあった、宮武画廊とそのオーナーの小西百々代さんのことを、検索していた方へ。
もんちゃんの人となりを、少しでも知っていただければうれしいです。(^^)

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2017年07月02日

■小西百々代さんについて。(宮武画廊)

ちょっと長いお話です。

高松市の丸亀町商店街にあった、「宮武画廊」という小さな地下にある画廊喫茶を、ご存知の方はいるでしょうか。
オープンは1963年、オーナーは小西百々代さん。通称もんちゃん。
10年前の2007年に商店街の再開発にともなって、43年続いた画廊を閉じました。※四国新聞
その小西さんが先々月5月6日に亡くなりました。
わたしは、※フェア開催中に来られた方からそのことをお聞きし、ええっ!という思いでした。

「もっといろいろお話を聞いておけば良かったな…」


和うるし工房あい の始めての作品展は、2001年の4月。
この、もんちゃんのお世話で「宮武画廊」で行いました。


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16年も前!なつかしいなあ〜(;´Д`)

…実はというと、怒られそうですが;;
当時若かったわたしは、「もっとキレイでおしゃれなギャラリーがいいなあ〜」とちょこっと思いました。(←アホ)
しかし松本が、香川県の作家さん、アーティストさんは、皆もんちゃんの世話を受けて世に羽ばたいている、香川県で拠点を置いて仕事をする事はそういうことだ、と淡々と諭し、わたしたちは薄暗い地下へ続く階段を降り、「宮武画廊」の戸を開けました。
(のちに、そこはもと防空壕だったと聞きました)

そこは昭和感満載の、穴蔵のような喫茶店。広い壁面が展示スペースです。
古びたテーブルには常連さんがズラリと並んでコーヒー片手に新聞を読み… その一角で、お客様と論争している小柄な70才くらいの女性、それがもんちゃんでした。
もんちゃん、たしか、人間国宝の先生とも論争していましたね〜〜。
(な〜にが伝統“的”工芸品だよ!ごまかして!みたいな会話でした)

さて、わたしたちは座るなり…。
あいさつもそこそこ?
いきなりもんちゃんのトークが炸裂!! 彼女が、最近思っているすごい圧力の会話を一方的に聞くはめとなりました。
和尚さんの前の小僧のように座っていたなあ〜。(長かった!)
やっと、もんちゃんの激しい?一方的な話が終わり、彼女は「あたし、こんなんやけどええ?」と笑いました。
そして私たちのことを聞き、「ほんま、香川県の漆芸はねえ… どないかせんといかんのよ」とつぶやき、この画廊は年に2週、若手デビューのために枠をとってある、その一つを使ってあげる、と彼女は言いました。

そこで行った、最初の作品展は地元でかなり話題を呼び、有り難いことに大勢のお客様がいらっしゃいました。
そこで今でも長くお付き合いしている方々に初めて逢った大切な場所となっています。
宮武画廊さんでは、その後もう一回お世話になっています。


小西さんにお世話になりましたが、驚くほどわたしは彼女の事を知りません。
なぜ画廊を開くことになったか… ご家族はいるのかなど。それまでの人生。
知っているのは、いつもこのもと防空壕にいること。香川県を愛していること。ちょっとこわいこと。
そして、県庁の人、政治家がひっきりなしに訪れ、何かを話して帰っていくこと。
「香川県のアートはもんちゃんに聞け」ということでした。
とにかくミステリアスな人で、わたしにとって、近寄りがたい雰囲気があったのです。
ジブリで例えたら、美輪明宏さんが担当してるキャラのようで(もののけ姫の『モロ』とかハウルの西の魔女とか〜)性別を超え人ならぬオーラも持っていらしたのですね〜〜。(ー_ー:)
そこらの平凡な人間がおそれるのは、無理はないとおもうのです…。

とある会社のエライさんも、ときどきもんちゃんに呼びつけられていたのですが
「いつもこの階段を降りる時は、すごく緊張する……」とつぶやいてましたから。(汗


そんな中、わたしが唯一彼女の「素」を垣間みたことがありました。

2回目の作品展の時だったのですが…
もんちゃんが手書きの原稿をふと持ってきて、わたしに読ませてくれたのです。
読むと、それは10才ちょっとくらいの女の子の手記でした。
昭和20年7月4日の「高松空襲」の体験談です。
よく事情がわからず、とりあえず読み終えると、もんちゃんは「これを書いたのはわたしなんやで」と言いました。

えええっ。((((;゚Д゚))))

そうです。彼女は13才の時に被災していたのです。
しかし当時のわたしは、人生の奥の悲哀やふかい襞がよく理解出来ず、そのままもんちゃんに原稿を返し、あまり話題も続きませんでした。
なにより、手記の中の「あつい、こわい、たすけて」と逃げ惑う少女と現実のもんちゃんが、わたしにとってすごくかけ離れて見えたのです。
目の前の彼女は、怖いもの、屈服するものはこの世にないとばかり、超然としていたのですから…。


そして、先日もんちゃんが亡くなったと聞いていま、わたしは高松空襲の本を読んでいます。
手元の本には、彼女が43才の時に描いた別の原稿が載っているのです。

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(続きます)

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